「父親が一生のうちにわが子と一緒に過ごせる時間は、合計で約3年分しかない」
この言葉を耳にした時、私は言葉を失いました。 18年間の成長を見守っているつもりでも、実際に顔を合わせ、言葉を交わし、共に笑い合える時間をギュッと凝縮すると、わずか1,000日ほどしかないというのです。
現在、45歳。 人生の折り返し地点に立つ私が、なぜ今さら「凡事徹底」や「1.01の法則」を掲げて、不器用ながらもブログで発信を始めたのか。
その答えは、かつての私が失ってしまった「3年の中の大切な1日」を取り戻すための、必死の再起動にあります。
1. 15年前、私は「暗闇」の中にいた
今から15年前。私は仕事にすべてを捧げていました。 朝は子供たちが起きる前に家を出て、夜は日付が変わる頃、静まり返ったリビングに帰る。
私が毎日見ていたのは、子供たちの笑顔ではなく、布団から少しだけはみ出した小さな足や、規則正しい寝息を立てる「寝顔」だけでした。
「家族のために働いている」
父親に与えられた「3年」という短い持ち時間を、私は会社のデスクで、あるいは満員電車の中で、知らず知らずのうちに消費してしまっていたのです。
2. 過ぎ去った時間は戻らない。だから「今」をどう生きるか
失った15年前の時間は、どんなに願っても、どんなに稼いでも買い戻すことはできません。でも、絶望して立ち止まっている暇も、私たちには残されていません。
今の私にできることは、残された「3年」の残り時間を、いかに純度の高いものにするか。 そのために、私は以下の3つのことを「今、この瞬間」から実行しています。
① 「凡事徹底」で、家族との時間を捻出する
私が即レスにこだわり、仕事の効率を極限まで高めようとするのは、単に「仕事ができる人」になりたいからではありません。 1分でも早く仕事を終え、家族と夕食を囲み、今日あった何気ない出来事を聴く。その「余白」を作るために、誰にでもできる当たり前のことを徹底し、仕事に振り回されない自分を作っています。
② 「1.01の法則」で、自立する背中を見せる
会社に依存しきった状態では、どうしても会社都合の人生になります。 毎日0.01の背伸びをして、ブログを書き、新しいスキルを学ぶ。この挑戦は、将来的に「場所や時間に縛られず、家族を養える力」を手に入れるための種まきです。父が新しいことに挑む姿を見せること自体が、今の私にできる最高の教育だと信じています。
③ スマホを置き、目の前の「今」を愛でる
「3年分」しかない時間は、今、目の前で流れています。 帰宅してから寝るまでの数時間。スマホを置いて、子供の目を見て話す。妻の言葉に耳を傾ける。そんな「当たり前」を、世界で一番大切な儀式のように丁寧に行う。これこそが、私の「家族愛」の正体です。
3. 結び:15年後の自分に、後悔させないために
40代・50代。私たちは今、かつてないほど忙しい時期にいます。 でも、ふと思い出してください。私たちが手にしている時間は、思っている以上に短い。
15年後。子供たちが自立し、家を出て行った時。 「あの時、もっと一緒にいればよかった」と、再び暗い部屋で一人、後悔したくはありません。
「パパ、おかえり」という声に、最高の笑顔で「ただいま」と返せる自分でありたい。
このブログ「おりかえし」は、私が家族との「3年」を宝物に変えていくための、格闘の記録です。もしあなたが、かつての私と同じように暗闇の中で迷っているなら。一緒に、今日から人生の優先順位を書き換えてみませんか。

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